正社員(複業)フリーターの Blog

出世を目指すのとは違う、自由に働く努力。それが正社員(複業)フリーランス。

出世を目指すのとは違う、自由に働く努力。それが正社員(複業)フリーター。誰でも、もっともっと自由に働ける。外資系企業を中心に、自由な正社員を20代から実践中。40代後半になって、働き方、転職、サラリーマン ✖ 副業(複業)のアウトプットを始めたこの頃。 Twitter @ISehaooooo

副業はどこから来たのか 副業は何者か 副業はどこへ行くのか ①

筆者は社会人になってから残業代というものを一度も貰ったことがない。残業代を請求できる立場にあった20代から30代前半は3社に在籍をしたが、給与明細に残業代が付いたことがなかった。1社目、2社目は就業規則が周知どころか整備されていない会社に…

「本気」の裏側

最近電車に乗ると目につくのが、リカレント教育のBBTの広告。かの大前研一さんが関係している社会人教育の企業らしい。あいにく筆者は大前さんの著書は拝読したことはない。ただし、大前さんの言われる『人間が変わる方法は3つしかない。1つ目は時間配…

2019年平日朝の呟き集④ ~今朝の気分だけは大門未知子~

筆者はほぼ毎朝twitterで呟いている。 谷川恵長@正社員(複業)フリーランス..力みなくして副業のカタルシスはありえないhttps://twitter.com/ISehaooooo 4回目は、昨年の10月半ばから年末までの呟きの纏めです。 「今朝の気分だけは大門未知子。」とは奮…

2019年平日朝の呟き集③ ~選択肢がないのが本当の社畜~

筆者はほぼ毎朝twitterで呟いている。 谷川恵長@正社員(複業)フリーランス..力みなくして副業のカタルシスはありえないhttps://twitter.com/ISehaooooo 今回は、昨年2019年8月から10月半ば頃までの呟きの纏めです。 筆者は働くことが好きなほうの人…

2019年平日朝の呟き集② ~死んだふりの月曜日~

筆者はほぼ毎朝twitterで呟いている。 谷川恵長@正社員(複業)フリーランス..力みなくして副業のカタルシスはありえないhttps://twitter.com/ISehaooooo 今回は、昨年5月31日から7月31日までの2ヶ月間の呟きを纏めてみた。 筆者は、「あ、今日は金曜…

2019年平日朝の呟き集① ~心に火を点ける~ 

筆者は毎朝twitterで呟いている。日課のように自分に課しているわけではないが、昨年春頃から朝の呟きを続けている。朝の心境に添えて、そこで見えている景色をiphoneからアップしている。 谷川恵長@正社員(複業)フリーランス..力みなくして副業のカタルシ…

承認欲求モンスターこそ副業人材だ!?

今回は、副業にはどのような人物が向いているのだろうかとちょっと考えてみたい。筆者は、「プロ人材の承認欲求モンスター」こそがうってつけの人材ではないのかと密かに思っている。もしかしたら、日陰を歩んでいた軍事オタクが湾岸戦争で一躍脚光を浴びた…

積極的副業人材と消極的副業人材の時代③

(②からの続き) 「積極的副業人材」とは、自分の専門領域を副業として、事業所得を得ることができるサラリーマンのことを指す。そして「積極的副業人材」の主目的は、金銭的理由からではない。自分のプロ領域のサービスを所属企業以外に提供する事と、その…

積極的副業人材と消極的副業人材の時代②

(①からの続き) 「楽して、短時間で、まとまったお金が得られる副業あるよ」と、子供騙しのような謳い文句に手を出すのは積極的な行動のようだが、その主たる動機となると、やはり本業の給料の補填となるのだろう。「消極的副業人材」とは、本業の勤務時間…

積極的副業人材と消極的副業人材の時代①

2020年、明けましておめでとうございます。『AKIRA』の2019年をあっさり通り超していきました。正社員(複業)フリーターのBlogも、ネオ東京からボチボチやっていきます。 新年のトピックはまずは副業から始めたい。昨年は、現在の副業ブームに…

2019年の終わりに寄せて

2019年も終わろうとしている。ちょっと振り返ってみると、社会人になって24年も経っている自分に驚いた。社会に出る前、「社会人になったら遊べないから、学生のうちに遊んだほうがいい」と教えてくれた人達は、皆さん何処に行ってしまったのだろうか…

【2社目】回転テーブルに仕事という御馳走をぐるぐる何度でも廻してくれ!

入社初日は月曜日で、その週の金曜日の夜に歓迎会があった。場所は前年96年秋にオープンした新宿高島屋の14階にある中華料理屋で、社長が予算を奮発してくれた様子だった。オフィスから会場まで皆で歩いて行った記憶がある。筆者の歓迎会というより、皆…

【2社目】就業規則はないけれども仕事が始まるのでパラダイス気分だった!

1997年3月10日、筆者の2社目がスタートした。日本法人は設立6年目、筆者を含めて社員5名とアルバイト1名の本当に小さな所帯だった。オフィスの小さな応接室兼会議室で社員に挨拶をした。 メンバーは以下の皆さんだった。 60歳を超えた初老の溝…

【2社目】スキルはなく恐怖心を身につけての初出社だった!

1997年3月10日、筆者はキャリア2社目となる米系外資企業のオフィスに出社した。ボストン郊外に本社を置くこの企業は、全世界で社員500名ほどで、売上高は400億円ぐらいの中小企業だった。日本法人は設立6年目、売上高4億円弱、筆者を含めて…

【2社目】ミイラになるか海の藻屑と消えるか未経験者歓迎にしがみつく外資暮らしの始まりとなった!

今回で節目の100記事目となりました。これからもご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。 1997年3月10日に、筆者はキャリア2社目となる米系外資企業に初出社となった。筆者の外資系企業暮らしはこの日から始まった。当時外資系企業への就職は…

【2社目】社会人経験たった1年8ヶ月の無職が第二新卒枠で職を何とか得たが26歳にもなって荒れた更地からのキャリアの再スタートだった!

1ヶ月半ぶりに筆者のキャリアの物語を再開させたい。これから先のストーリーは2社目に突入するのだが、その前に初めての転職というか再就職活動を簡単に振り返っておきたい。 11月といえば、11日はポッキーの日、22日はいい夫婦の日だけれども、30…

お馬鹿になる覚悟はあるのか!?

今年は仕事の縁があって、ベトナムのホーチミン市を三度も訪れた。アジア各都市を訪ねるたびに、「東京は毎日眠っているような街」と、若いころの筆者はある外国人がエッセイにそう書いていたこと思い出す。年齢を重ねて、それが強い印象になって蘇ってくる…

自分が譲れないものだけは大切に

5ヵ月ぶりに成田空港第二ターミナルに到着した。フライト前はいつも心が躍るので、筆者は空港という建物の空間は好きだ。心の奥底にある文鎮のような重しを、出発地に置いて行けるような気分になるからだ。 目的地が遠ければ遠いほど、心がより身軽となる気…

飲み喰いすら自腹を切れない会社頼みの人生とは!

令和の世になり、大企業のリストラは着々と進んでいるとのこと。三井E&Sセブン&アイHDキリン日産損保ジャパン富士通三菱UFJ銀行 じんばさんのブログを参考にさせて頂きました。 shigoto-cafe.com 筆者は日本の大企業に勤務したことが無いからだと思うが、リ…

3,000円のパンケーキぐらいたまには普通に食べようよ

台風19号の影響で運休していた北陸新幹線の運転再開は嬉しかった。早速新幹線に乗り、紅葉が終わりを迎えた大好きな長野に旅をした。JR長野駅で少し時間が余ったので、小布施堂のモンブランを食べたが、相変わらずの美味しさだった。筆者にはモンブランの…

働きたくないのなら働かなければいいじゃない

富士山も白くなり、夜中過ぎると星空を見上げ、オリオン座の位置を確かめたくなる。都心の星空は郊外よりも寂しいものだけれども、冬の星座が高く昇ると、それでも賑やかな凛とした気持ちにしてくれる。 そして朝陽が差せば、我が眼はPCとスマホに独占され…

ずっと働き続けるよ

「谷川さんは何歳まで働くつもり?」人に訊ねられれば、「ずっと働き続けるよ」と答えるだけだ。これ以上の答えも、これ以下の答えもない。但し、「ずっとこの会社で働き続けるつもりだよ」と返答することは絶対ない。 そもそも会社員が自分の働く年齢を決め…

勝ちも負けもない世界で生きていく

三日坊主の筆者でもブログが1年3ヵ月も続きました。皆様、ご愛読ありがとうございます。そして、引き続きよろしくお願いします。 ラグビーワールドカップの盛り上がりは最高潮に達していて、筆者もルールを完全に理解しているわけではないが、日本代表のゲ…

【1社目退職】やりたい事のイメージだけでは職にはありつけない事に気がついて職を得ることができた!

「貴方は健康ですか!?」「ご両親は健康ですか!?」「貴方は健康ですか!?」1997年2月中旬、無職の筆者は再就職を目指して面接に挑んだ。ずっと無言のまま鋭い眼光を投げかけていた溝田社長の質問はこれが全てだった。面接をリードしていた新谷さん…

【1社目退職】弱者の就職は狭き門から入ってはいけない!

1997年2月中旬、無職の筆者は再就職を目指して面接に挑んだ。面接の冒頭、1名の募集に対して100人超の応募があったと知らさせた。なんと、なんと、なんとだ!名刺ほどの大きさしかない求人広告なのに。失礼ながら無名の外資企業の募集なのに。外資…

【1社目退職】喰う為にやりたい事などない20代だった!

26歳の失業者は再就職を目指すべく、いよいよ面接に向かった。目指す米系日本法人のオフィスは新宿の外れにあり、閑静な一画にあった。4階建てのビルの3階部分を借りていた。1フロアー全体で40坪程度の小さなオフィスだった。ビルの建物は半面がオー…

【1社目退職】競争率100倍超の求人に「私はなんでもやります」は一昨日来やがれだ!

米系日本法人が営業管理を募集し、書類を応募したところ面接に呼ばれた。1997年2月中旬のことで、筆者が無職となってもう2ヶ月半の時が過ぎていた。これまでその企業の業種に全く触れてこなかった。理由は簡単で、当時の筆者は業種に大きな拘りを持っ…

【1社目退職】うまく言葉で説明できないから面接は自由に頭の中を覗き込んでくれ!

1997年1月下旬か2月上旬発売の『週刊B-ing』で、米系日本法人が営業管理を募集している求人が目に留まった。未経験者歓迎だったので、無職の筆者は応募をした。しばらくして、その会社の女性から面接依頼の電話をもらった。1週間後くらいの候補日を幾…

【1社目退職】第二新卒ラベルを貼り付けて求職者の陳列棚に並んでみた!

1997年の年が明け、当時26歳だった筆者は、第二新卒枠を狙って再就職を目指した。第二新卒といっても、要するに、ほぼ未経験者のことを指す。自分を転職市場における商品と考えた場合、27歳社会人1社経験5年目の人材と比べると、相当見劣りしてし…

【1社目退職】永久凍土に埋葬される前に第二新卒に藁をも掴む失業者だった!

1996年の師走に失業者の身となった筆者だったが、やきもきしていたのは再就職活動ではなく、夜空の天体だった。ヘール・ボップ彗星は、年が明けたら大彗星となってその姿を現すのだろうか?天体ショーには不思議なジンクスがあって、事前にマスコミが大…