社会人になったら、「ないものねだり」はしないこと。
早く気づいて止めたい。
なぜならば、失敗した転職を繰り返している人は、「ないものねだり」が止められない人が多い。
30歳過ぎて、ないものねだりしている人は、かなりの残念系だ。
みっともないし、成長できないので、20代のうちに断ち切ろう。
社会人になってすぐに断ち切ろう。
自分にないものを欲するのは、全然悪いことではない。
高い車、高いスーツに靴に鞄に時計、持ち家、田舎に別荘、物質的なモノをどこまでも欲する。
それで本人のやる気が出るなら大いに結構。
筆者は物欲がないので、どうぞご自由に。
筆者には所有という行為がひどくめんどくさい。
足るを知るのではない、諦めるのでもない。
問題は、欲し方だ。
「おねだり」とは、他人の努力によって自分に利益が与えられることを望むこと。
自分の努力で、自分の欲しいものを得ようとしない。
「ないものねだり」 は、 他人の努力が大好物。 他人の好意につけ込む。
自分は何もせず、いつも他人の努力に期待してしまう。
自分に都合がいい他人の努力への期待は、期待外れか全く裏切られるかのどちらかの結果となる。
ないものねだりをする人は、総じて不機嫌な人が多いと思う。
そもそも、 他人の努力への期待は、自分の力が及ばない。早く気が付きましょうよ。
素敵なオフィス、美味しいオフィスのコーヒー、自分を評価してくれる上司、自分に理解のある同僚、自分を尊敬してくれる部下、おしゃれな社員、無理のない仕事量、ちょっと難しい程度の仕事のレベル、それなりの肩書きで責任はほどほど、お給料はちょっと高め、有給は100%消化で長期休暇もOK。。。。。。。。あれもこれも欲しい。
他力でしかも自分に都合よく、全て与えてもらえる訳がない。
悪いことに、ないものねだりをする人はどん欲な人が多い。
全て得ようと考える。
しかも他人の努力で。
「何もない」ことをまずは理解する。
だから、自分の努力で必要なものを得るのだ。
努力は服を着て外出するのと同じ。
当たり前のことだ。
理解できたら、自分ができる範囲の小さな努力から身に着けるのだ。
ところで、「人に期待する」のと「ないものねだり」は表裏一体だと思う。
人に期待しない人は、ないものねだりをしない人なので、頭がいいと思う。
ストレスも少ないだろう。
人への期待は、自分の力の及ばない他人への望み。
人に期待する理由も、所詮は自分の利益の為だ。
やはり、「ないものねだり」なのだ。
ちなみに、 自分への利益を気にせず相手に期待すると、この世の中どんな事が起こるだろうか。
周りが不審な眼を向けてきたり、余計な詮索をしてくる場合が多々あると気がつく。
筆者は、自分への利益を気にせずに相手に期待をし、結果よく失敗しております。
そんな、おへそがねじれ曲がった大人の社会は気にせずに、 社会に出たら 「ないものねだり」は止めよう。
どこまでも自分の為にね。
うーむ。こういうおねだりには弱いかも。。。。。。