さて、筆者の新卒1年目に話を戻そう。
熱中できる仕事があれば、新人の心構えなど勝手についてくるものだ。
当時の筆者は、与えられた仕事に熱中できなかった。
たいへん残念ではあるけれども。
ただし、真面目に始業時間の40分前には必ず出社していた。
有給も取らず、真面目に毎日出社だけはしていた。
仕事に熱中は全くしていないけれども、真面目に働く気持ちだけはあった。
真面目に働く気があれば、仕事人生どうにかなるものだと筆者はいつも思っている。
そのうちに、オフィスの1つの階のフロアの鍵を会社から与えられ、1番最初に毎日出社できるようになった。
一方、帰社は定時退社を目指していた。
C営業部長の嫌がらせのような引き止めと、A社長の「早えな」のお小言ををかわしていた。
18時が終業時間なのだが、頑張って毎日18時半から19時までには退社。
同期のE君は真面目で不器用なので、C営業部長の付き合い残業の犠牲者となった。
いつも20時過ぎの退社。
残業代も出ないのによく会社に残るな、と筆者は思った。
筆者の「早く出社して早く退社」する習慣は、新人時代から始まった。
たいへん残念ながら、自分に興味のないサービスを売り歩く仕事は、本当につまらなかった。
新人1年目の秋、昼過ぎにC営業部長と外回りしていたら、高田馬場駅近くのゲームセンターの前を通った。
C営業部長は店内を覗き込み、スーツ姿のサラリーマンらしき人物たちを確認した。
「あの人たちは仕事ができて暇を持て余しているのか、仕事が全くできずにやる気なく遊んでいるかのどっちかなんだろうね」と言った。
C営業部長の会話は全てこのようなレベルの内容で、半年も経つと筆者は常に「はあ」ぐらいの生返事をして、ひたすら聞き流していた。
C営業部長には、生意気な奴に映っただろう。
高田馬場の街に、少し弱くなった秋の日が射していた。
ゲーセンの暗がりの色彩を今でもよく覚えている。
そんなある日、筆者は些細なことから小さな取引先を怒らせた。
集金に伺った際、取引先の中年女性に挨拶をし忘れ、集金する金額の話から始めたのが理由だった。
先に椅子に腰かけていて待っていたのだが、店の奥からその人が現れた時に、筆者は椅子から立ち上がることも忘れていた。
筆者が帰った後、その人はC営業部長に電話をし、筆者の態度はたいへん無礼だとクレームを入れた。
会社に帰社したら、例の屋上でC営業部長からネチネチ長い時間怒られた。
その人に詫び入れに行かされることはなかったが。
この小さな事件は、筆者の在籍期間中、A社長とC営業部長から度々話を蒸し返された。
「ああ、またその話ですか。」
全面的に悪いのは筆者なのだが、ネチネチと何度も話を蒸し返すA社長とC営業部長に嫌気がさしていった。
筆者が反省の顔を見せなかったのが、悪かったのか。
そのうちに、A社長から「君は、態度に問題がある。この本を読みなさい」と渡されたのは、当時流行っていた『脳内革命』という本だった。
一体全体どうしようかと困惑した。マジですか。
この怪しい宗教チックな非科学本を、幸い筆者は読ずに済んだ。
読まなくてもA社長にバレることがなかった。
本を手渡し、A社長はいかに素晴らしい本か、やや熱い口調で内容を語ってくれた。
お陰で、読まずとも内容を知ることができた。
本を返却する時に、A社長が筆者に語った内容をそのまま感想として述べてみたら、A社長は満足そうに「うんうん」と頷いてくれた。
ラッキーだった。
『脳内革命』の著者は、脳内モルヒネか脳髄を垂れ流し過ぎたのだろうか。
その後国税から所得隠しを指摘され、さらにご本人とご本人の関連会社も合計100億の負債で破産してしまった。
95年はオウム真理教がサリン事件で世を騒がせた一方で、『脳内革命』がベストセラーになるのだから摩訶不思議な世の中。
筆者には思い出深いタイトルだ。
読んではいないが。
それにしても、『脳内革命』を社員教育に使うとは!
筆者の本に対する一方的なイメージが、脳内読書拒否革命になったのかもしれないが。
これ以上、何も申しまい。