筆者が社内業務に異動して4ヶ月が経った。
1996年5月の話となる。
筆者は、その頃までには、80営業日連続でE課長に怒られ続けていた計算になる。
80つながりで、兼好法師の「徒然草」八十段目の一節がふと頭に浮かんだ。
百度ももたび戦ひて百度ももたび勝つとも、未だ、武勇ぶようの名を定め難し。
生いけらんほどは、武に誇ほこるべからず。
生きているうちは、武勇など誇ってはいけない。
百戦百勝しても、武勇の名声を得ることはできない。
80営業日連続で怒られようがなんのその。
当時の筆者は心が折れていなかった。
80日どころか1,000日連続で怒られても、無傷の自信は内心あった。
しかし、こんな武勇を誇ったところで何もならない。
池袋のカラスが「アホー」と鳴いてくれる程度のレベルだろう。
その頃、筆者と同期の男性が入社1年ちょっとで退職となった。
6名の同期の中で最初の退職者だった。
伊豆七島にある島に渡り、スキューバダイビングのサービス会社に転職するとのことだった。
春の陽が延びた5月の夕方。
オフィスの建付けが悪い出入り口のドア。
キーコーと開いて、バターンと重く大きな音をさせ、彼はにこやかな笑顔で去っていった。
「あぁぁぁ、若いっていいな!」
E課長の大きな声がした。
本当に心の底から羨ましがっていた。
心の叫びだ。
ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってくれ!
E課長だって、当時まだ30半ば過ぎ。
十分お若いではないか!
筆者は、夢も希望も未来も感じないその心の叫びに、さかなクンではないが「ぎょ、ぎょ、ぎょっ」とした。
「これはヤバイぞ。」
筆者より10歳ちょっと年上の人間の発言は、自分の近未来が透けて見えてしまった。
「え、自分もすぐにこうなってしまうの?30代半ばで人生終了?」
筆者は年下と接して、「若くていいなあ。羨ましいなあ」と感じたことが、今現在まで一度もない。
我ながら幸せでお目出たくて結構だと思う。
当時はE課長の発言に、自分の近未来どころか、正に「今そこにある危機」を感じてしまった。
トム・クランシーの小説の主人公、ジャック・ライアンの如く、この危機を乗り越えなくはいけない。
筆者は職場をぐるっと、さらにぐるっと見渡した。
ジャック・ライアンは国際テロ組織や麻薬カルテルに囲まれていた。
一方の筆者は、絶望的に働く役職者に囲まれていた。
E課長、40代手前のC部長、40代半ばの課長、50代の部長。
「私は既に終わってます」と顔に書いてあった。
北斗の拳では、お馴染みの「お前はもう死んでいる。」
ケンシロウに指をさされた人間は、自分が死んでいる自覚はない。
こちらの役職者の皆様は、見事に自己申告してしまっている。
「私は既に終わってます」と.......
「もう、いやーん!」
皆さん、ゾンビですか。
考えてみれば、このゾンビさんは全員A社長が連れてきた連中だ。
行き場のない人間に、役職という名誉を与え、安く長く働かせていた。
「役職者全員キョンシーなら、せめて顔面にお札を貼らせてくれー!」
「もう、いやーん!」
そして6月となった。
筆者はE課長から担当業務の変更を命じられた。
出社した当日朝に突然だった。
「もう、本当にいやーん!」となるのだが、続きは次回以降に。
(つづく)