「谷川君、君の会社の近くのタリーズに今着いたのだけれども、ちょっとオフィス抜け出して来れる?」
iPhoneの向こうの声の主は、筆者が以前勤務していた企業の事業部長のZさんだった。
筆者がタリーズに到着すると、満面の笑みでZさんは迎えてくれた。
「飲みものは何がいい?」と、コーヒーを御馳走してくれた。
カップのサイズは忘れてしまった。
席に着くなり、「こないだ谷川君が教えてくれた御社の求人に応募したい。是非とも、応募書類を人事に回してください」と、頭を下げられた。
「ええ、もちろんです。Zさんを社内推薦させて頂きますよ」と、筆者も快諾した。
Zさんの顔がさらに明るくなった。
「谷川君はいい会社に転職したよね。羨ましいよ。御社すごい将来性あってワクワクするでしょ?」と、やや興奮気味に矢継ぎ早に、ひとしきり会社を褒めちぎってくれた。その後、お互い店を後にした。
Zさんが管轄している事業部の成績が、長く振るわない日が続いていた頃だった。
Zさんが転職を考えていることは知っていた。
「部下を見捨てることはできない」と、対外的には言っていたが、なかなか外でポジションが見つけられないと、Zさんに近しい人が教えてくれていた。
Zさんからの応募書類は筆者のもとにすぐに到着し、筆者はそれを人事部に転送した。
無事に応募書類は通過して面接の運びとなったが、Zさんは残念ながら一次面接で不採用となってしまった。
面接官からの評価を後から聞いたが、面接のやり取りでピンとこなかったようだった。
それから、Zさんから何の連絡もなくなってしまった。
約一か月後、Zさん、筆者ともう一人の3人で、飲みの席があった。
飲み屋で再会したZさんの態度は豹変していた。
タリーズで筆者に面接を受けたいと媚びていた姿からは、おおよそ見当もつかない態度の連続だった。
「谷川君のいる会社は今だけ調子いいだけでしょ?将来の見通しはそんなに明るくないと思うよ。君だって不安を感じているだろ?」と、あからさまにムッとした態度で、次から次へと捲し立てた。
何でこんな人を紹介しちゃったのかと思いつつ、筆者はZさんの筆者が在籍する企業のダメ出しをひたすら聴いた。
面接に落ちた途端にその会社の悪口を並べる人を見かけるが、いい歳をした大人が本当にみっともないと思う。
面接は相手の企業があってのことで、お見合いみたいなものだから、不採用になったところで、その人の仕事の実力や人格が全て否定されるものではない。
Zさんは、筆者が入社できたのはマグレのようなことも口走っていた。
筆者は人事に応募書類を転送しただけであったが、Zさんの口から「ありがとう」の一言さえも最後まで聞くことはできなかった。
Zさんとはそれ以来、音信が途絶えてしまった。
先日、タリーズコーヒーでShort・Tall・Grandeのサイズを見つめ、Zさんの器の大きさはどのサイズだったのか、ちょっと考えてしまった。