正社員フリーター × 複業のBLOG

出世を目指すのとは違う、自由に働く努力 それが正社員フリーター × 複業(副業)

拙著『積極的副業人材』 http://amazon.co.jp/dp/B08BNJP42X/ 出世を目指すのとは違う、自由に働く努力。それが正社員フリーター × 複業。誰でも、もっともっと自由に働ける。外資 × バックオフィスで自由な正社員を20代から実践。40代後半になって、働き方、転職、複業(副業)のアウトプットを始めたこの頃。働き方の流行には注意喚起もする。 Twitter @ISehaooooo

【1社目】とりあえず正社員で社会人になった!④

社会人2週目は、電話オペレーターのOJT。
小さなオフィスに横3人4列に座って、朝9時30分から夕方6時までお昼の1時間の休憩以外、電話をひたすら取り続ける。
電話の向こうの相手は、H.I.Sなど格安旅行会社の手配の人間。
新規予約、照会、キャンセルの問い合わせのテンポが速くて会話についていけない。
同時に端末も叩かなくてはいけない。
たいへんだった。
当時、筆者はまともな敬語を使える人間でなかったので、さらに苦労した。
やらなくてはいけない仕事なので真面目に取り組んだが、長年染みついた言葉遣いの悪さはそう簡単に抜けるものではない。
また、サービス業の立場も理解していないので、電話をかけてくる相手は自分と対等と勘違いしていた。
簡単に言うと、筆者は周りをヒヤヒヤさせていた。

3名の女性先輩社員がよく面倒を見てくれた。
時より電話が途切れることがあって、先輩社員は興味津々に新入社員に話しかけてくれた。
「なんでこんな会社に入ったのか?」
「もっと他にいい会社はなかったのか?」
と。
ひとりの先輩社員は、ご主人が大手私鉄に勤務しているので、自分は安心してこのような小さい会社で働いていられると話してくれた。
「男性なら、もっと大きな会社に行けばよかったのに」と、OJTをしている新卒男子の筆者に同情的だった。
「大手から中小に転職はできるけど、中小から大手に転職は難しいわよ」と、筆者の将来を憂いてくれた。

まあこんな感じで、筆者の在籍期間、社員が会社を誇りに思うような発言は常になかった。
「大手の社員は違うのかな」と、筆者はずっと思っていた。

もっとびっくりしたのはA社長の発言だった。
入社直後から、定期的に「君はなにか個人的に将来の計画はあるのか?」と聞いてきた。
A社長から、会社の成長する将来を語り、社員の成長やキャリアに会社がどんな役割を果たすのか、一度も語られることはなかった。
もしくは、「成長してさっさと次のステップに行きなさい」ぐらいの事は言って欲しかった。
「なんで新卒を6名も入れたの?」と心の中で思い、筆者は徐々に反抗的になっていったと思う。
また、B副社長も筆者達新卒が入社した頃、15歳ぐらい年齢の離れた方と再婚し、その夏には1ヶ月以上新婚旅行で会社を不在にした。
ヨーロッパを周っていたらしい。
なんとなく社内全体にしらけムードが漂った。
まあA社長とB副社長お2人のオーナー中小企業だから、お二人が何をしてもお好きなようにといった体だが、やっぱり社内はしらけるものだ。

さてOJTに話を戻そう。
電話オペレーターの研修のあと、入社3週目はメディア事業部での研修だった。
FAXで旅行情報の提供や、個人旅行客向けのWeb予約サイトの立ち上げをやっていた。
1995年、インターネット黎明期だった。
メディア事業部は、30代半ばの超スーパーウーマンのが朝昼晩、深夜、土日祝日働いて支えているような部署だった。
正しくここだけ1人ベンチャー。
あとの社員や契約社員は普通に、ほどほどに働いていた。
なので、スーパーウーマンが退職されてしまうと立ち行かない部署だった。
「給料も安いし、残業代も休日出勤代も出ない」と、時より愚痴っていた。
金銭的なインセンティブなしに働いている彼女は、何者だったのだろうか。
近くで見て、仕事にハマっているような楽しさを感じられなかった。
全体的に悲壮感みたいなものを感じた。
恐らく、「私がサボったり辞めたら、事業自体が立ち行かなくなる」という、もの凄い責任感からなのだろうと筆者は思った。
また同時に、A社長もB副社長も彼女の責任感に甘えていたのだと思った。
そうではなかったのかも知れないが、当時の筆者はそう映った。
「部署の人達にやる気を感じない!」と人目を憚らず、泣いてB副社長に訴えていたスーパーウーマンであった。
完璧主義者だった。
凄いエネルギーだ。
でもきっと周りは疲れる。
なので、部署は次々と人が辞めていく印象だった。
筆者が適当に朝の掃除をしていたら、凄く睨まれてやたら怒られた。
何かの機会の時に、「女性の幸せって結局男で決まるんじゃないですかねー?」
と、迂闊にも言った時も凄い眼で睨まれた。
いい思い出だ。

さて入社4週目は、最後のOJTで営業だった。
既に配属は営業と言われていたので、OJTというよりも実際は実務の始まりだった。
入社5週目には、正式に営業に配属となり、口ヒゲのC営業部長が筆者の上司となった。
このC営業部長が、サラリーマンという生き物の生態をまじかで筆者に教えてくれた。

 

OJTはこうとも読むらしいです。

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