「会社は利益を上げるところ」と、入社4日目にA社長に教えてもらった。
筆者には、目から鱗だった。
この最初の会社に筆者は1年8ヶ月在籍したわけだが、今に思えば最初の4日間で十分だった。
残念ながらこの言葉以上に、筆者に刺さるものは残りの在籍期間で出会えなかった。
A社長の言葉を時より思い出すに、筆者にとっては未だに謎が多い。
「今に思えば、社長のあの言葉の意味が分かった!」と、思うことがない。
要は、いまだに「ぽかーん」なのだ。
ただただ残念だ。
4月3日(月)から4月6日(木)までの4日間、貸会議室での新入社員研修を終えた。
「料金の高い貸会議室を丸4日間も借りて研修。すごいわね。」と、研修の面倒を見てくれた先輩社員の声が聞こえた。
設立3年ちょっと、15名の会社で新卒を6名も迎えるのだから、会社としては気合いを入れたのだろう。
会社の気合いとは裏腹に、同期新人6名全員が短い在籍期間だった。
一番在籍が長かった女性は、3年ちょうどを待っての退職だった。
彼女は、石の上にも3年や、不撓不屈という言葉をよく言っていた記憶がある。
一番短かった男性は、1年での退社だった。
研修時から早くも会社を辞めたがっていた。
彼は退職後、伊豆諸島のどこかの島に渡って、スキューバダイビングの会社に就職したと聞いた。
サラリーマンは向いていそうもない人だった。
他の3名の女性も1年以上3年未満での退社だった。
退社後、海外の留学先からエア・メールを送ってくれた方もいた。
女性4名はたいへん優秀だったという記憶しかない。
皆さん有名大学の出身者で、「氷河期でなければよかったのにね」と、就活を時より振り返っていた。
そこには悲壮感はなく、皆さん明るい未来を信じ、世の中こんなものとサバサバと現実を受け入れる大人だった。
皆さんお元気であろうか。
筆者は6人の中で2番目に早い退社だった。
4日間の研修のあと、4月7日(金)から1泊2日で、B副社長、C営業部長、先輩社員の女性2名と新人6名の総勢10名で小旅行をした。
浅草駅に集合し、東武日光線で栃木駅に行った。
2日間を通して何をしたわけではない。
チームビルディング的なこともしなかった。
新人研修の一環というより、NHKの旅番組のような、牧歌的な小旅行だった。
皆で大平山の麓をハイキングした。
先輩社員のお二人が上り坂でへこたれていた事を思い出す。
別に日帰りでもいいと思うが、しょっぱいというかボロい旅館に1泊した。
せんべい布団に寝たのと、旅館で飼っている猫が部屋の中でも歩き放題だったのが印象的だった。
「この場所に旅館があって誰が利用するのだろうね」、と皆で話した。
その夜は、B副社長、C営業部長の人間関係が少し垣間見えた。
派手好きのB副社長が、夕食の席で会社の将来や海外での経験を雄弁に語り、皆を魅了した。
C営業部長は、面白くなさそうに聞き、自分が食べ終わったらさっさと食堂から退席してしまった。
筆者が部屋に戻ると、C営業部長は部屋でひとりテレビを見ていた。
しょげた雰囲気でタバコを吸いながら、「副社長の話は終わった?」と、つっけんどんに筆者に聞いてきた。
2人が仲の悪いというか、反りがあわないところは、新人6名にこの研修旅行で周知となった。
筆者は2日間、終始「なぜに中途半端な土地で?こんなボロ宿で1泊?」といった心境だった。
「あともう少しいけば日光なのに。東照宮や華厳の滝、観光名所もたくさんあって楽しいだろうに。」、と。
筆者はまだまだ学生気分だった。
また、中小だとやはり大手のようにお金をかけられないのだろう、とも納得もした。
中小ベンチャーに入社した新人君が、有名大手に入社した大学の同級生を羨ましく感じるのは、こんな瞬間なのだろうか。
大手入社の同級生が、手厚い新人研修、充実した福利厚生、ホワイト企業的な働き方でプライベートが充実している姿を見聞きしたら、やはり心がざわつくものだろう。
(つづく)
地図でみるとこの辺りを歩いたと思う。