「何も分からないのだと思います!」
くる日もくる日も、E課長はヒステリックに大声を上げた。
1日数回、金太郎飴のように「何も分からないのだと思います!」
木霊のように、狭いオフィスに響いた。
筆者のやり方は、E課長の心証をひどく害してしまったようだ。
そこで、へつらい気味にE課長に教えを乞うた。
「私は人に教えるのが下手なんです!」と言われる始末。
E課長が考える正しいやり方が分からない以上、筆者は筆者のやり方でやるしかなかった。
「私は部下を持たず、一人で働くほうがいいのです!」と、面と向かって言われることもあった。
「私は貴方の部下なのですけど.....」と呟いて、仕方がないと諦めた。
筆者のやり方でも、E課長と同じ結果となれば問題がないだろうと考えた。
いろいろと自分なりに工夫をしてみた。
「仕事が雑!」と、睨まれた。
「基本を知らない!」と、否定された。
筆者は、淡々と聞き流していた。
社会人2年目に聞き流されるのだから、E課長のヒステリーは増幅された。
筆者の側も、次第に謙虚な聞き流し方ではなくなった。
そのうちに、「貴方が〇〇さんや△△さんレベルになるには、まだ何年も時間がかかる」と、言われ続けるようになった。
〇〇さんや△△さんは、社内の業界10年以上の人達だった。
「そんなに時間が必要なのですね」と、筆者は苦笑した。
「ええ、10年はかかります」と、E課長はど真ん中のドヤ顔で返答してくれた。
あのご尊顔は今でも鮮明に記憶している。
社会人2年目の新人に、労せず簡単に追いつかれては困る。
それが本心だったのだろう。
経験年数で優位に立つしかない。
悪い苦労が身についたサラリーマン(ウーマン)は、安いプライドしかない。
悪い苦労は身に付くので絶対してはダメだ。
良い苦労なら買ってでもするべきだが。
その後、筆者は幾つかの転職先で常套句を耳にすることになる。
「そんなに簡単に分かるわけがない。」
「そんなに簡単にできるわけがない。」
発信元は「ただのサラリーマン(ウーマン)」だ。
多くは社内のベテランから発せられた。
残念ながら、筆者は筆者の専門領域なら、簡単に分かり簡単にできてしまう。
筆者はプロだから当たり前だ。
ただのサラリーマン(ウーマン)と違いも差もついて当然なのだ。
社会人2年目でプロ意識もない筆者だったが、ただのサラリーマンから顰蹙を買った。
E課長の機嫌の悪い日は、理不尽なことで怒られた。
例えば、FAX機が紙詰まりをしても、筆者が原因とされた。
「貴方がいけないのよ!」とマジで怒られた。
FAX機は筆者の席の後ろに設置されていただけだ。
「一緒に頑張ろう」と、FAXマシンを撫でながら言った。
同期の女性がそれを見て笑っていた。
何を言っても全否定される日は、大人しく黙々と働いた。
そういう日の午後に限って、チーム内で会議があった。
筆者は黙っていた。
会議の後で、「発言しなかった。仕事に疑問も質問もない。やる気はあるのか。」と怒られた。
三面怪人ダダが般若のような形相に変わった。
筆者は反論をせず、「すみません」と一言返すしかなかった。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」だよね。
心配してくれる同期にはそう話していた。
但し、周りが心配するほど精神的には全く問題がなかった。
切れずにやる気は維持し続けていた。
毎朝オフィスに一番に出社し、3台のFAX機に向かっていった。
海外から受信した大量のFAXを整理をし、用紙を補給したり、再受信や再印刷に毎朝30分費やしていた。
社員が9時から仕事に取り掛かれるように準備した。
仕事は段取りが重要。
この新人時代に学んだ。
朝日が差し込む人のいない早朝のオフィス。
あの光景は、筆者の仕事の原点だ。
「今日も課長に3回は怒られるのか」と呟いて、朝の準備を1日も怠らなかった。
(つづく)
袈裟まで憎いとはよく言ったものだ。憎い人はどこまでも憎いものだ!