社会に出てたった1年半。
新卒2年目の筆者を「正社員」で拾ってくれる会社はあるのだろうか。
世間は住専問題で揺れ、経済は不況の真っ只中。
転職が不安なら、先ずは「踏まれてもついていく会社の下駄の雪」になるしかない。
" I got nowhere else to go ! "
映画『愛と青春の旅立ち』の主人公、ザック・メイヨのように泣き叫び、なんとか踏ん張るしかない。
理由は何であれ、これしかないと心に決め、一つのことに打ち込む人は美しい。
筆者には備わっていない美しさで、そのような人をただただ尊敬あるのみだ。
どこにも行けない。
行くところはない。
今一度気持ちを切り替えて、E課長に毎日怒られても耐えに耐え、この会社でなんとか道を切り開くしかない。
”Shall we dance ?”と、E課長に申し出ることを心に決めた。
結果は見事に秒殺だった。
E課長は、ご自分の心の中に「嫌い」フォルダーを作成している。
一度嫌いになった人間は、直ぐに「嫌い」フォルダーに放り込まれてしまい、その心のフォルダーから救出されることは二度とない。
裸足で「Shall we dance ?」では、E課長に無礼千万だったのか?
筆者が「嫌い」フォルダーから取り出されることは、見事になかった。
「金色のダンスシューズが散らばって、私は人形のよう」 は故・安井かずみさんの絶筆。
金色のダンスシューズを履きたくても、筆者の周りには散らばっていなかった。
ある日、E課長に毎度おなじみに怒られていた時、過去のエピソードを聞かされた。
「貴女にさせる仕事はないから、壁に向かって座っていなさい。」
前社の部下にそう指示したそうだ。
E課長曰く、その人は1番ダメな部下だったそうだ。
そして、筆者は2番目か3番目にダメな部下とのことであった。
壁に向かって座り続けた元部下の心中は、察するに余りある。
職場で壁打ちさせるとは酷い話だ。
その一方で、「まだビリではなかった!」と、妙に安堵したこともよく覚えている。
人間は、自分の下を見て安心する生き物なのであろうか。
顔を上げようとしない筆者は、やはり相当レベルが低かった。
やはり転職しかないのか。
そう思い直した。
しかしながら、転職はどこまでも手段であって、目的ではない。
当時の筆者は十分な目的がないまま転職を考えた。
毎日楽しければそれでいいと思っていた。
ただ、「楽しく働く」が、ど真ん中速球ストレートの転職目的になるのかは疑問に感じていた。
仕事でなりたい自分がなかった。
仕事でやりたい事もなかった。
ただただ、E課長に怒られる毎日は楽しくなかった。
仕事そのものは自分の才能に目覚めていたので、嫌いなわけではなかった。
今現在でも、「楽しい」or「楽しくない」は、筆者のヒューリスティックな判断方法だ。
「楽しくない」と判断した事を、自分の意志で止めることができる環境は、筆者にはとても重要だ。
楽しくなく働いている人は、不幸だと思う。
楽しくなく働き続ける人は、もっと不幸だと思う。
それでも人によっては、楽しくない仕事を続けなければいけない理由があるのだろう。
そういえば以前、部下の採用でユニークな基準をお持ちの人にお会いしたことがある。
「既婚者で子供がいて家のローンなど借金を抱えている人」を採用すると申していた。
理由は、「負荷をかけても簡単に逃げられないから」であった。
なるほどではある。
達成がとても難しい目標を掲げてしまうと、人間はストレスしか溜まらないようだ。
E課長の目標は結婚であった。
E課長はアイガー北壁に挑んでいたのだろうか。
傍から見ていて、それはとても険しい道のりのようであった。
「女の幸せは結婚なのよ、ウフフ。」
お肌の潤い十分な社内既婚美人が教えてくれた。
「谷川君も女性を幸せにしたいのなら、ここみたいな中小企業で働いていてはダメよ」と、ご忠告まで頂戴した。
さてさて、E課長は、A社長やB副社長に筆者の仕事ぶりを熱心に吹聴されたようだ。
お二人の筆者を見る目が心なしか厳しくなったと感じた。
秋風というかすきま風が、筆者の心の中に吹き始めた。
そんな折、事件は起きた。
(つづく)
”I got nowhere else to go !” リチャード・ギアのキャリアのハイライトであった。