『100日後に死ぬワニ』を98日目に知りました。
しかも、情報感度が低いと私が決めつけている人から教えてもらいました。
中南米の密輸組織は、米国のレーダー網に捕捉されないように、超低空飛行で貨物便を飛行させる高度なテクニックを持つパイロットを雇うが、私はそれにも負けず、超低空飛行の情報感度技術の有資格者であることが証明された。
連載から100日後に主人公のワニが死んでしまう話が大ヒット感動の嵐となった訳であるが、いくら擬人化されたワニでも平和な日常を突然奪われてしまうようなストーリーは、単純に残酷物語でしかない。
作者の実体験に基づいたストーリーなのだろうけれども、これワニなんだよね。
結局は人は他人(他ワニ?)の不幸が好きなのだろうし、ワニなら割り切った感情移入ができるし、LINEのスタンプも悲劇の死ワニ(故人ではなく故ワニ?)でも躊躇はない。
ワニ、ワニ、ワニ、ワニと書いているのは、なんだか本物の爬虫類の一生懸命に生きているワニに失礼な話だという気持ちが突然湧き上がってきた。
熱川バナナワニ園のワニに頭を下げに行きたいくらいの気分になってきた。
私はLINEスタンプを購入したことはないが、熱川ばにおスタンプを購入したい気分だ。
なぜこんなにいきり立つのかと思えば、私はTwitterをコツコツやっているのだが、「やっぱ、フォロワー増やすのは動物ネタか若い女の子のふりですよね?」と聞いてきた若人のあの時のツラも同時に思い浮かんで、さらにイライラしてきたからだ。
100日後のワニの作者は悪くはない。すまん。
そしたら今度は、裏に電通の影が見え隠れするだの商業展開に炎上気味となる始末。
このワニ話が好きな人達は、ウブな人の集まりなのか、距離感が分からない子供なのだろうか、それともナイーブなストーカーなのだろうか。
無料で綺麗な漫画が読めたから良しとはしない、嫌金儲けを眺めるにつけ、この世は『タダより怖いものはない』ではなく、『タダにしろという人ほど怖いものはない』ことに気がつかせてくれる。
嫌儲けの心理が勝る人は、かえってボランティアはしないのではないかとも思ってしまう。
ところで100という数字は、心の時刻を刻むには切りのいい数字なのだろうか。
同じ100といえば、「人生100年時代」のほうが明るい未来を描く話なのに、途方もない長生きをして働かなくてはいけないとドン底感が満載な今現在だ。
100日を超える先の世界が見えない貧しい社会になったのだろうか。
そして、ワニの何気ない幸せな日常は101日目にはやってこないという期待をする人達。
これを意地が悪いという。
バブル崩壊後でも、日本人はもうちょっと先の未来というか人生を見つめる余裕があったと思うけど、違ったけ!?
いや!おお!そうだ、そうだ!あった、あった!
この人が教えてくれていた。
『僕は死なない』堀江 貴文 (著) 2005年3月発売
15年前の日本人は、「人生100年時代」にもうちょっと前向きだったのに。
「100年後は死んでいるけれども、100日後は死なない。」
生きている義務を果たそうとする人間なら、あと100日では足りないのだよ。