正社員フリーター × 複業のBLOG

出世を目指すのとは違う、自由に働く努力 それが正社員フリーター × 複業(副業)

拙著『積極的副業人材』 http://amazon.co.jp/dp/B08BNJP42X/ 出世を目指すのとは違う、自由に働く努力。それが正社員フリーター × 複業。誰でも、もっともっと自由に働ける。外資 × バックオフィスで自由な正社員を20代から実践。40代後半になって、働き方、転職、複業(副業)のアウトプットを始めたこの頃。働き方の流行には注意喚起もする。 Twitter @ISehaooooo

前任者に「教えるのは嫌だね!」と言われたがそれこそが成長の証だった!

転職先で、前任者となる2名から引き継ぎをすることがあった。
筆者の配属先の部長とその2人は折り合いが悪くというか、ほぼコミュニケーションができない2人だった。
1人は30代後半のマネージャー、もう1名は60歳を超えて再雇用された人物だった。
そして部長は50代前半の無能な人だった。
現場を取り仕切る2人に対して何も言う事ができなかった。
日々の業務が滞ることさえなければ、それで良しとしていた。
この2名は社内で「ヤクザ」と言われ、時には周囲を恫喝しながら業務を進めていたそうだ。
部長は見て見ぬふりだったそうだ。
部門の立て直しが急務となり、人事が介入して外部から新しい血を入れることになり、筆者が入社した。
この時筆者は37歳だった。
その2人は退職となった。
30代後半のマネージャーは、筆者の入社日から2週間後が最終出社日で、もう一人の60歳を超えた嘱託社員は、残り半年で契約が終了する予定だった。
入社当日、オフィスで初めて部門の人たちに挨拶した時の雰囲気は今でも忘れられない。
なんとも言えない、不味い空気の雰囲気だった。
オフィス・フロアに足を踏み入れたら、30代後半のマネージャーは筆者を睨みつけた。
彼は筆者に引継ぎをしなければいけない立場なのに、引継ぎを一切やらなかった。
それどころか挨拶もなく、筆者を避けていた。
引継ぎがないので、不思議に思い部長に尋ねたら、「君は話をしなくていい」と素っ気なく言われただけだった。
彼の最終出社日に、「お疲れ様でした」と筆者が挨拶をしたのが、やり取りの全てだった。
彼は最終出社日に、オフィスで大粒の涙を流して20人ぐらいの前で別れの挨拶をした。
犬猿の仲だった部長を追い出して、自分がその後釜に座わろうとしたが、部長が死守して叶わなかった悔し涙だったのだと教えてくれた人がいた。
もう一人の60歳を超えた嘱託社員から、不完全ではあるが筆者は引継ぎを受けることにした。
まあ、まもなく退職する前任者との引き継ぎは不完全なのがこの世の常だから、それほど気にすることはなかった。
このヤクザ風のおっさん(失礼ながら)が凄いだろう、難しいだろうとマウント取りながら、OJTで時々教えてくれた。
しかし、筆者にはどこが凄くて難しいのかよく分からなかった。
このおっさんが過去に作成した社内/社外向け文書があまりにも幼稚で酷く、筆者は社内で笑っていたこともあった。
「どうだ?分かるか?」と、おっさんが筆者にどうせ分かりっこないという表情でマウント取りながら尋ねてきた日があった。
「ええ。だいたい分かります」と、筆者は悪気無く、そして素気なく答えた。
この発言がおっさんの気に障ったようで、その日を境に筆者の社内ネガティブ・キャンペーンが始まってしまった。
「あの素人は謙虚さがない。いっぺん締め上げてやらなければいけない!」と、筆者の耳が届くところでも、おっさんは気勢を上げた。
仕方がないじゃん。
だって分かっちゃうんだもん。
こっちはプロで、そちらは先に生まれて勤続年数が長いだけのアマチュア。
当時の筆者の偽らざる気持ちだった。
なぜか部長に呼ばれて、「謙虚さが足らないと言われている」と注意された。
おっさんは「そんなに簡単に分かってたまるか」と怒っているとのことだった。
仕方がないので、おっさんのハラスメントまがいの筆者の悪口の流布を止めてくれと部長にお願いしたら、「長年の功労者に注意はしたくない」と呆れる返事だった。
まあそれならばと、おっさんに愛想よく「教えてください」と試してみた。
「やだね!お前には教えたくない!」と、大声で返されてしまった。
60歳過ぎてのアマチュアの精いっぱいの反抗だった。
こちらは37歳でプロに成長していた。
自分が他人にどう思われようが気にする必要はないが、自分の発言は他人がどう思うかは一寸気にしたほうがいい。
その時初めて分かった気がしたが、その後もちょくちょく足を踏み入れてしまっている。

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